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執筆者: 酒井謙吉
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私が敬愛してやまない、芥川賞受賞作家の小川洋子さんが、彼女のベストセラーであり、映画にもなった「博士の愛した数式」の作品が誕生するまでの苦労話を語ったインタービュー記事が以前、日本経済新聞に掲載されていたことがではありました。 小川さんがインタビューの中で、小説を書く者としての情理とでも呼んだらよいのか、小説という物語が体を成すまでの著者の微妙な心の葛藤や小説を完成させるまでの作家としての極意というものをものの見事に言い表している言葉の数々に痛く感銘したことを覚えています。

「物語は作家が作り出すものではなくて、世界のどこかにあってあらかじめ存在しているものだと思う。 例えば、それは、はるか遠い場所にある、太古の時代からの洞窟の壁画のようなものかもしれない。 そして誰かが見つけてくれるのを静かに待っている。(中略)でも本当に大変なのは、洞窟にたどり着くまでの時間だ。 その場所への道順はいつも異なっていて、道に迷ってしまうことが多い。」

物語が作者に訪れる瞬間というのは、小川さんにとってはまさに「潮が満ちてくるような幸福な瞬間」なのだそうです。 何というアナロジー(類推)でしょうか。 「博士の愛した数式」は、機が十分に熟していないうちから書き始めようとしたため、無理な人物設定をとってしまい、1年間はほとんど執筆が進まなかったというのです。 そこで、小川さんは、物語が眠る「洞窟」にたどり着くために、何人もの数学者の方々まで実際に取材に行き、あるとき、純粋で優しい感性を持つ、ただし記憶が80分しか続かないという数学者の博士が、不意に彼女の頭の中で鮮明な映像とともに立ち現れたというのです。

この小川さんのインタビュー記事と同じく、著名な翻訳家であります鴻巣友季子さんの書かれたエッセー風の日本経済新聞での記事も同じように素晴らしいアナロジーを用いて、今度は翻訳をする者の立場での情理と翻訳を完成させるまでの極意というものをやはりものの見事に表現してくれておりました。(以下は、鴻巣さんのエッセーからの引用)

著名なインダストリー・デザイナーで、丸いドーナツ状をした加湿器などのデザインで一世を風靡している深澤直人さんからは雑誌でのインタビュー取材の中で、「自分はデザインを造ったものではなく、“そうあるべき姿”を再現したに過ぎない。 例えば、こことそことあそこにある星とを結んでごらんといわれると、急に熊やサソリの形をした星座というものが見えてくる。まあ、それと同じようなことをしているだけなのですよ。」

さらに仏像を彫る、とある高名な仏師さんは、「仏様を刻んでいるというのではなく、木の中にいらっしゃる仏様を木屑を払ってお迎えするというのが私のやっていることであり、私が私がという“気負い”があるうちは、本当の仏様には出会えないものなのですよ。」 そして、ここで当の翻訳家の鴻巣さんは、仏様を訳文として言い換えてみると、本当に自分のしようとしていることに対して見事にあてはまってしまうのだとおしゃっております。 そしてこの2つの引用は、めちゃくちゃ翻訳者魂をくすぐるもの、これらを読んでぐっとこないような翻訳者はいないだろうさえとおっしゃっておいでです。

小川さんは、作家という作者としての立場からアナロジーを用いて、物語の筋書きにたどり着くまでのインスピレーション溢れる行程を語ってくださり、翻訳家の鴻巣さんは、その道の大家の言を借りて、翻訳者としての真理を鋭く突くような行程をやはり代弁してくれています。 作家と翻訳者、それぞれの立場は違っていても、そこにある完成にたどり着くまでの行程とその苦労にはとても似たようなところがあり、機が熟していないのにやみくもに始めようともがいてみてもうまくいかないことは、小説であれ、翻訳であれ、他のどのような仕事であっても似たり寄ったりの状況であることを教えてくれています。

しかし機が熟すまでそれらを漫然として待っているだけでは、いつまでも物事を完成させることなど出来ません。 作家と翻訳者は、それぞれの対岸にいて、普段はあまりコミュニケーションを取り合ったり、ましてやお互い顔を突き合わせたりするというようなことはほとんどない間柄ではないかと思いますが、小川さんと鴻巣さんとのお二人の記事を読んで、作家と翻訳者との間にあった遠い距離が私の気持ちの中でずいぶんと狭まってきたように感じられました。

機が熟すように自分の方から積極的に働きかけ、たゆまぬ努力をし続けていく、そうすることによって、人はいつしか「これはすでにあった物語で、たまたま私が文字にしているだけなのです」とか、「自分が翻訳をしているというよりは、作者が私にこのように訳せといわれるので、その言葉に聞き従いながら、日本語にしているだけなのです」とか、一生に一度でもいいから、そのような「作家と翻訳者との至高の関係」の瞬間に巡り合ってみたいものです。 それこそ、きっと「翻訳者冥利」に尽きる翻訳者としての究極の経験となりますことでしょう。

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