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執筆者: 酒井謙吉
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今回も、先月号に引き続きまして、元上智大学文学部教授であります安西徹雄氏の幻の名著「英語の発想」(講談社現代新書)をベースにさせていただきまして、日本語と英語との間に存在する表現や構文上の違いについて、さらなる検討・解説を続けてみたいと思います。

前回の「翻訳事始め」で指摘をいたしました、日本語特有の「主語の欠落」(というよりは、主語がなくても日本語は意味が通じることに関しての分析)につきましては、指摘をさせていただきました。逆に英語では、いちいち主語を明記して書かなければならないわけで、英文を直訳したような翻訳にいたっては、日本文の中では到底書くことのないような主語がやたら入っていたりして、非常に座り心地が悪く、落ち着きのない文章となってしまいます。

また日本語においては不自然な感じが強いため、ほとんど使われることのない「無生物主語」が英語の中では頻繁に起用され、そこでは不定詞や動名詞が幅をきかせ、さらに関係代名詞などが絡んできますと、やたらに主語を形成する部分が冗長となって、そのまま日本語にするにはきわめて訳しづらい文章に映ります。このようなことから、英語は、名詞中心の構文から成り立っている傾向が強いのに対して、日本語は、動詞中心の構文から成り立っている傾向が強いので、英語の名詞表現を動詞表現として再現することができますと、より本来の日本語のもつ性質にかなった訳文をつくることが可能となります。

とまあ、前回のご紹介した内容のおさらいも含めて、日本語と英語との間の違いを翻訳者の観点からみて整理し直してみました。 今回は、もうひとつ、日本語と英語のそれぞれの「時制の扱い方」について考察を安西教授の「英語の発想」の中からご紹介してみたいと思います。

中国に駐在されている、幣社のとあるお客様からの話で、どうも中国語には、「過去・現在・未来」の表現上に違いが存在しないというようなことを聞いたことがあります。そのせいかどうかはわかりませんが、中国人の方々の未来に対するコミットメントの感覚がどうも日本人と持つ感覚とはズレがあるようだとのことで、まあ、私は、中国語に関してはまったく知識を持ち合わせていませんので、ここであえて検証することは差し控えさせていただきますが、こと時制の扱いに関しては、各言語間ではかなりのバラツキが存在することを察しいたしました。それでは、はたして日本語の時制は、英語や中国語などと比べても完璧なもので、理路整然としているものなのでありましょうか。

例えば、以下の例文をみることにいたしましょう。

1) 明日会場にきた人にこの資料をお渡しください。
2) 日本に帰ったときは、おいしいお酒を飲みます。

どちらの文章にも「明日」、そして「日本に帰るとき」というこれから起こる未来の話をしているというのに、日本語では過去形や完了形をつかさどる「た」という表現が用いられています。 これを国語学者の牧野成一氏は、名著「ことばと空間」の中で、日本語には無意識のうちに書き手の時間的視点の移動という現象が起こっていて、本来未来形であるはずのところを過去形または完了形で表現することがごく自然になされていたというのです。

1)明日会場に人が来る→資料を渡す     2)日本に帰る→お酒を飲む      という2つの行為が続けて起こるわけですが、書き手の頭の中では、時間軸の視点がすでに「資料を渡す」、あるいは「お酒を飲む」といった所まで移動してしまっているので、「会場に人が来る」あるいは、「日本に帰る」という行為自体が過去形あるいは完了形の形となって表現されているのだと牧野氏の分析は続きます。これは、日本語の時制というものは、客観的な時間軸の流れに対応して決まるというよりも、書き手本人のきわめて主観的な時間的視点の移動によって、決まるものだということを如実に物語っています。

しかも今まで申し上げました場合の逆のケースとして、日本語の小説の中では、過去の出来事や事件を取り扱っている描写であるにもかかわらず、現在形がしばしば用いられているということは皆さんにもご経験がおありのことだと思います。 一方の英語の方では、時制は、より客観的に時間軸の流れにそのまま対応するということが大原則のようでして、書き手の時間的視点は、一定していて、主観的な時間軸の移動というものは基本的には見られません。過去の出来事を語る場合には、英語では、もっぱら過去形が起用され、現在形が過去形と共に混在するというような書き方はしないというのが普通です。

どうも日本語ほど、この時制に関して、これほど自由で寛容な言語というものはあまり例がないようで、文学上のひとつの技法として、時間的視点を自由に移動させ、異なった時制を混在させながら用いるということで、書き手が読み手に表現のいっそう密着した共感性をもたらすという情緒的効果を与えてくれます。これらの表現法は、牧野氏によりますと、「源氏物語」の中ですでに確立されていたということですので、およそ1000年近くの年月を経て、日本語の方が英語よりも文章の主観的な共感性をもたらしてくれるという点において、その傾向がはるかに強い言語であると言えます。

これで、冒頭でおさらいをいたしました「主語の欠落」という日本語の特徴も、あえていちいち主語を入れなくても、日本語が併せ持つ共感性という観点から見ると、確かに主語がなくても十分に話の内容は理解できるという論理の展開が可能となります。よく日本語は曖昧だといわれますが、このような共感性という面で、日本語は英語と比べて、曖昧さがあっても読者は、書き手が感情移入した登場人物からその共感性を覚えて、主観的にも心情的にも理解できてしまうという、英語世界の人々から見ると何とも魔か不可思議な言葉の世界を醸し出している稀有な言語とでも映るのではないでしょうか。

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